ANGELS PIECE 〜 続編 〜




「じゃ、最後にこの書類をお願いね。」

そう言ってアンジェリークはひかえていた文官に本日最後の女王のサインのある書類を渡した。

「は。承りました。失礼いたします。」

きちんと礼をして文官が出ていくと、アンジェリークはいっきに肩の力を抜いて大きく伸びをした。

「あ〜、疲れちゃったぁ」

そして女王の正装であるティアラやドレス脱いで、簡素な白いワンピースに着替える。

もちろん、アンジェリークは女王の執務室でこんな事をしているわけではなくて、処理する仕事が多すぎて昼間の内に終わらずに、私邸まで持ち込んでいたのである。

この一ヶ月、アンジェリークはずっとこんな感じで働きづめだった。

一ヶ月前・・・そう、「皇帝」と名乗る他宇宙からの侵略者を新宇宙の女王であるアンジェリーク・コレットが救ってくれたあの日から。

あの事件が無事に解決したのはひじょうに喜ばしい事なのだが、その時にできた空間の歪みやモンスターと化した人々による破壊などの処理でアンジェリークは、助かった事を喜ぶ暇もなく執務に忙殺される羽目になったのである。

だからアンジェリークは一番会いたい人にすら、まだ会えていなかった。

はぁ・・・

小さくアンジェリークの口からため息が漏れる。

「・・・会いたいな・・・」





「誰に?」





「決まってるでしょ!ゼフェ・・・・・?!」

自分以外誰もいないはずの部屋から帰ってきた返事に一瞬気がつかなかったアンジェリークだが、直後零れそうなぐらい目を大きく開けて声のした方を振り返った。

そして、彼女は今のが聞き間違いでなかったことを知る。

「ゼフェル?!」

「おう。」

信じられない!と同じ響きをもったアンジェリークの言葉に、ベランダに続く窓の枠に背を預けた鋼の守護聖はこともなげに答えた。

ほんのしばらくの間離れていただけなのに、いくらか大人びたようなゼフェルの雰囲気にアンジェリークは呆然と見入った。

「なんで・・・?」

固まってしまったように自分を見ているアンジェリークがじれったくなったのか、ゼフェルは軽く舌打ちすると言った。

「会いたかったからに、決まってんじゃねーか!」

「!!」

―― 次の瞬間、アンジェリークはゼフェルの胸に飛び込んでいた。

「うわっ」

ちょっと驚いたような声を出すものの、楽々とアンジェリークの体を抱き留めたゼフェルの胸にアンジェリークはぎゅっと抱きつく。

「会いたかった!ずっと心配だったの!
ゼフェルが怪我とかしてないかって・・・無事に過せてるのかって・・・」

だんだん涙が混じってとぎれがちになる声を聞きながらゼフェルはその金色の髪をゆっくりなでる。

「俺もだぜ。お前が皇帝に捕まって聞いて、マルセルやルヴァに止められなけりゃ危うく一人で敵陣の乗り込んでっちまうところだったぐらいにさ。」

「ゼフェル・・・」

「それにしてもよ、やっと助けられたと思ったら今度は執務だ、なんだって会えやしねえしな。
・・・だからこんな風に会いにきちまった。」

ゼフェルの優しい、優しい声にアンジェリークは夢見心地で心をゆだねる。

そっとしっかり抱きついていたアンジェリークの体を離して、ゼフェルがその顔をのぞき込んだ。

そして彼女の頬を伝った涙を唇でぬぐい去って、いつものはにかんだような笑みを浮かべる。

「安心したぜ。元気そうで、さ。」

「ゼフェルも・・・・」

ゼフェルの優しい仕草に戸惑ったように顔を赤くするアンジェリークが可愛くて、会えなかった期間につもっていた恋心が想像以上に大きかったことをゼフェルは思い知らされた。

「アンジェリーク・・・」

普段でもあまり呼ばない彼女の名前を宝物のように呟いて、ゼフェルはそっとその頬を傾けた・・・・









―― 数刻後、アンジェリークとゼフェルは夜空の見えるベランダに二人並んで座っていた。

アンジェリークはすっかり安心しきった表情でゼフェルの肩にもたれている。

「・・・こんなに幸せで、なんだか申し訳ないみたい・・・」

ぽつっとアンジェリークが呟いた言葉に、ゼフェルは閉じていた目を開いた。

「あいつらのことか?」

『あいつら』が誰を指しているのかニュアンスから気づいたアンジェリークは目を丸くする。

「ええ?!ゼフェル、気づいてたの?」

その驚きようにいかに自分が彼女に鈍感だと思われているか読みとってゼフェルは苦笑した。

「たりめーだろ?お前と違って一緒に旅してたんだぜ?
あいつらが最後までお互いをかばい合って、ずっと気にかけ続けてたぐらい俺にだってわかる。
それに、最後の夜にパーティーから二人して消えたじゃねーか。」

「そういわれてみれば・・・そうね。」

確かに、と納得しているアンジェリークの頭をゼフェルはクシャっとなでた。

「きゃっ!なにするの?」

「・・・行かせてやったんだろ?」

「え・・・?」

「ジュリアスから聞いた。ウォン財閥から嘆願書がきてったってな。
用向きは『新宇宙への営業権の取得』。それに対して女王陛下は、『一企業の新宇宙での営業権の独占を呼びかねないので訴えは認められない。ただし・・・』」

そこまで言ってゼフェルはいたづらっぽく笑って言った。

「『ただし、女王を含む新宇宙の聖地に住む者のために、社員の単独での行商は認める』」

「知ってたのね・・・」

「ジュリアスがさすがは女王陛下!とかいって騒いでたからな。
で、やっぱりウォン財閥から新宇宙に行く社員ってのは・・・」

「謎の行商人、チャーリーさんよ。」

少し赤い顔のままアンジェリークも負けじとそう言って・・・・二人は同時に笑った。

「明日、次元回廊を開くの。・・・幸せになって欲しいわ。」

「大丈夫だろ。あれであいつら根性はあるからな。」

ゼフェルの言いようにアンジェリークはくすくすと笑った。

と、その時ゼフェルは月の光にきらきら輝くアンジェリークの髪に目をとめた。

「おい」

「ん?」

首を傾げて見つめてくるアンジェリークの髪は、やっぱり・・・

「お前、髪どうしたんだ?」

そう、アンジェリークの右側の髪が一房不揃いになっているのだ。

「あ、これは・・・」

あの辛い戦いの中で、唯一はっきり思い出とよべる記憶を思い出してアンジェリークは微笑んだ。

(そういえば、あの時はゼフェルと間違えて飛びついちゃったんだっけ。)

「あのね・・・・」

アンジェリークは目の前にいる少年と同じ姿を持った、哀しい少年の事を話し始めた。






「・・・というわけで、この髪はあげちゃったの。」

話の最後をそんな風に締めくくってアンジェリークはにこっと笑った。

しかし反応を伺おうとしたゼフェルがあまりに渋い顔をしていたのであわててその笑みを引っ込める。

「どうかしたの・・?」

「どうしたってお前・・・・・」

呻くように言ってゼフェルは渋い表情を苦笑に変えた。

きっとこの天然天使は欠片も気付いていないのだろう。

自分の姿を借りていた少年がたった一度のその会話だけで彼女に惹かれた事など。

そして昨日聞いたばかりの話・・・

(まったく・・・無尽蔵にライバル増やしてくれるぜ。)

「ゼフェル?」

黙りこくってしまったゼフェルにアンジェリークが不安そうに声をかける。

そんな彼女の髪をもう一度くしゃっとかき混ぜて言った。

「お前、今度の日の曜日から聖地に行商に来る新しい商人の話聞いたか?」

「え?」

「ウォン財閥が例の配慮のお礼とかで聖地に若いけど商才のある新しい商人をまわしたらしーけどよ。そいつ、漆黒の髪の一房だけ金なんだぜ。」

「それって・・・・まさか!」

零れそうなくらい目を大きく見開いたアンジェリークに肯定の意味でゼフェルは頷いて見せた。





「そいつの名前、ショナっていうらしーぜ。」





「すごい!!」

ぱあっと顔を輝かせてアンジェリークは歓声を上げた。

「すごいわ!ショナってば本当に急いで生まれ変わってきたのね。」

「ああ、そうだな。聖地と母星じゃ時間の流れ方がちげーけど、それにしてもだぜ。
・・・・・よっぽど会いたかったんだろ。」

「え?何か言った?」

最後のぼやきだけ聞き取れなかったらしいアンジェリークが聞き返してくる。

それに渋い表情でゼフェルは答えた。

「わ〜、でも楽しみ。きっと会えるわよね!次は本当の姿で会いましょうって言ってたんだから。
・・・・あ、でも私の事忘れているわよね・・・・」

急に寂しそうに顔を曇らせたアンジェリークの不揃いな髪をすくってゼフェルは言った。

「いや。ぜってぇ覚えてるぜ、そいつ。」

「え?どうして?」

首を傾げるアンジェリークは月明かりを浴びてひどく幻想的に美しい。

(・・・・天使に出逢った記憶が消えるわけがないぜ。)

荒れ果てていた自分の気持ちすら納めてしまった天使。

生きる意味を知らなかった少年が、それを教えた天使をわすれるはずがない。

実際少年はアンジェリークの髪を手放さないまま、自分の身の一部として生まれてきたのだから。

「今度はきっとショナ、生を楽しめるよね。」

「ああ。」

にこっと笑う天使のかた頬をとらえてゼフェルは唇を重ねた。

(それでも・・・こいつは絶対渡せねぇ。)

ゼフェルは確実に増えるであろうライバルに宣戦布告するかのように、しっかりとアンジェリークを抱きしめたのだった・・・・・











                                        〜 Fin 〜






― あとがき ―
やっぱりショナ好き〜〜〜vv・・・といっても今回はちゃんとゼフェリモなんですが。
生まれ変わりヴァージョンのショナは勝手な想像ですので、心を広くもって読んでやってくださいませ。
一房金髪の漆黒の髪の少年ってういうのは妄想大爆発